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<title>次回オフの見どころ</title>
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<description>お散歩コミュニティ東京再発見の次回オフ会の見どころをお知らせしていきます</description>
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<title>野川見どころ</title>
<description> 阿弥陀堂跡　阿弥陀堂は現在ありませんが、「阿弥陀堂霊園」という墓地として名前を留めています。「江戸名所図会」本文に「（延享四年［一七四七］、鶴心という僧、この草庵の廃れたるを興すとあります。石仏の台座には「延享四　丁卯　年　雲相鶴心行者　十月十五」と刻まれています。東福寺　建立は元和7年（1621年）とされるが定かではない。境内には傾城墓という石塔と一葉松（ひとはまつ）がある。傾城夙妻太夫は鎌倉時代初
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<![CDATA[ 阿弥陀堂跡　阿弥陀堂は現在ありませんが、「阿弥陀堂霊園」という墓地として名前を留めています。「江戸名所図会」本文に「（延享四年［一七四七］、鶴心という僧、この草庵の廃れたるを興すとあります。石仏の台座には「延享四　丁卯　年　雲相鶴心行者　十月十五」と刻まれています。<br /><br />東福寺　建立は元和7年（1621年）とされるが定かではない。境内には傾城墓という石塔と一葉松（ひとはまつ）がある。傾城夙妻太夫は鎌倉時代初頭の恋ヶ窪宿場の遊女で、武将畠山重忠との悲恋の伝説が残されている。一葉松は珍しい一本葉の松で、夙妻太夫の一途な思いのあらわれとも伝えられる。もともとは夙妻太夫の死を哀れんだ里の人々が墓標として植えたといわれ、その松は枯れてしまったが、その枝を植え継いだ松が数本ある。<br /><br />恋ヶ窪用水　江戸時代の明暦3年（1657）に国分寺村、恋ヶ窪村、貫井村の田の灌漑用水に利用するために、玉川上水から久右衛門橋付近から分水してつくられ、恋ヶ窪交差点付近で三本に分かれ、南下する一本を恋ヶ窪村分水と呼んでいたそうです。この分水には姿見の池付近からの湧水も流れ込んでいて、分水の築造により村の収穫量が倍増し、村人の暮らしも豊かになったといいます。その後明治になって、上水に舟をを通すために、分水口が廃止されたので砂川用水（野中新田用水）から水を分けてもらい、これを恋ヶ窪用水と呼ばれ、昭和30年代まで役割を果たしていましたが、その後、汚水が流れそのほとんどが埋め立てられて、昔の面影を失っていましたが、里山の自然を再現するために、ここに整備・復元されました。<br /><br />姿見の池　姿見の池は、かってこの付近の湧水や恋ヶ窪用水が流れ込み、清水を湛えていました。その名の由来は、鎌倉時代に、恋ヶ窪が鎌倉街道の宿場町であったころ、遊女達が朝な夕なに自ずらの姿を映して見ていたという言い伝えによるそうです。またこの池は「一葉の松」の伝承の中にも登場します。江戸時代に描かれた「江戸名所図会」にもこのあたりの風景が道興准后の歌を添えて登場しますが、その中に姿見の池らしきものが描かれています。昭和40年代にこの池は、埋め立てられてしまいましたが、平成10年度、環境庁及び東京都の井戸・湧水復活再生事業費補助を受けて、復元再生されています。また周辺の東京都指定「国分寺姿見の池緑地保全地域」の雑木林と一体になるように整備し、かっての武蔵野の里山自然を回復し保全してゆくものだそうです。現在の池の水源はＪＲ武蔵野線のトンネルから引いた地下水です。１９９１年10月、関東に接近した台風21号による豪雨の影響で、トンネルにはさまれた掘割式の新小平駅付近の地下水位が異常に上昇し、路盤が隆起、地下水の流入で駅は水没し、武蔵野線は同駅付近が２か月間不通となりました。また、周辺の住宅街でも地下水による浸水被害が発生。このため、武蔵野線のトンネルの地下水を導水して恋ヶ窪谷にかつてあった姿見の池を復元し、その水を野川に流すことになったわけです。　現在は谷戸の奥の東福寺付近で姿を現した水が復元された恋ヶ窪用水を流れ、姿見の池を潤し、水路（途中から暗渠）を通じて日立中央研究所内に入り、所内の湧水と合流して中央線の下をトンネルでくぐって野川に流れています。<br /><br />東山道武蔵路　平成9年度に、ここの恋ヶ窪谷で、古代の道の発掘調査が行われ、古代の武蔵国府と上野国府を結ぶ駅路で「東山道武蔵路」と呼ばれる道です。ここから南のJR中央線の南の台地上にある旧国鉄中央学園跡地などから検出された遺構の調査により、側溝を伴った幅12メートルの道路で、路面が踏み固められた道跡が出土していましたが、ここの道跡は、丸太で枠を作り木杭でおさえ、葦や木の枝を敷き、石を並べ、さらに赤土と黒土を交互に積み重ねた構造をしていました。これは、湧水が多い谷の湿地に対応するためと考えられ、古代の土木技術の貴重な資料であり、当時の谷の自然条件を示しています。 国分寺市教育委員会の文化財課で許可を頂き説明板の東山道武蔵路の図を掲載させてもらいました<br /><br /><br /><br /><br /><br />柄鏡型敷石住居跡　今から四千年前の縄文中～後期のころの住居の跡。国分寺市内には１１軒発見されています。国分時本町四丁目アパート建設によって発見されたものの中でもっとも保存状況が良好だったものを再生復元した。形が柄鏡に似ているので名付けられた<br /><br />だんごの輪島　ボクシング元チャンピョンの輪島功一さんが経営する団子屋さん。ファイト最中（ボクシンググローブの形）や団子三姉妹などの商品がある<br /><br />でんえん　中央線沿線では老舗の名曲喫茶。国分寺にもたくさん名曲喫茶があったが残っているのはここだけ。店内は昭和３２年開業のまま。以前は漫画家たちのサロンのようになっていて、ゴルゴ１３のさいとうたかおや漫画家残酷物語などの永島慎二らが通った<br /><br />ほら貝　日本初のロック喫茶と呼ばれた。部族（ヒッピー）の拠点だった。２００８年８月に閉店<br /><br />電車開通記念碑　甲武鉄道が国に買収され、国分時まで電化され電車が走ることになったことを記念して大正１１年１１月２１日に建てられた記念碑、この付近は札之丘と呼ばれる高札場が立てられていた土地だった<br /><br />本町八幡神社　国分寺の本村たる本町の八幡様。大祭は盛大な山車が出て本町囃子で賑わう。境内社に穀豊稲荷、子育弁天<br /><br />日立中央研究所　元今村銀行(明治21年設立。後の第一銀行）の頭取今村清之介の長男である今村繁三：昭和31年没）の別荘地であった。昭和17年に日立が買収して中央研究所を設立。日立の創業者小平浪平の「よい立木は切らず によけて建てよ」という意志を受け、構内の樹木は極力守られました。樹齢百年余の欅やヒマラヤ杉の大木。構内には約１２０種２万７千本の樹木が茂っていますが、中には化石期の植物といわれるメタセコイアなど珍しい植物もあります。ここにある大池は、構内数か所から湧き出る湧水を湿地帯に集め昭和３３年に完成したものです。白鳥、マガモをはじめ、林に群れる野鳥は、コジュケイ、ムクドリ、シジュウカラなど４０種を越えます。国分寺崖線の湧水を集めて流れる野川の水源ともなっており、年に二度、春と秋の２日間だけ一般開放されます<br /><br />返仁橋 - 日立製作所中央研究所敷地内 <br /><br />ほんやら洞　１９７３年開業昭和の香りがするお店。フォークソングシンガーの中山ラビさんのお店。ミュージシャンなども贔屓にしていた。コーヒーにこだわりのある店だが、カレーも美味しいことで評判<br /><br />ピーターラビット跡　作家の村上春樹が経営していたジャズ喫茶ピーターラビットがあった。昭和４９年に開業<br /><br />殿ヶ谷戸庭園　大正2年～4年に江口定條（後の満鉄副総裁）の別荘として整備され、昭和4年には三菱財閥創業家の岩崎彦弥太が別邸として買い取り、津田鑿の設計で洋風邸宅、数奇屋風の茶室（紅葉亭）などを追加整備した。昭和40年代の再開発計画に対し本庭園を守る住民運動が発端となり、昭和49年に都が買収し、整備後、1979年（昭和54年）4月より有料庭園として開園しました。庭園の名称は、昔この地が国分寺村殿ヶ谷戸という地名であったことに由来します。 武蔵野の自然の地形、段丘の崖にできた谷を巧みに利用した「回遊式林泉庭園」。崖の上の明るい芝生地と崖下の湧水池、樹林で雰囲気が一変する造園手法がみどころのひとつです。洋館が残されていて資料室になっています。昔の写真が見られるので岩崎家の別邸だったころの様子も見ることができます。<br /><br />馬頭観音の石碑　文政７（１８２４）年に国分寺村の本多氏によって建立されました。市内に現存する馬頭観音碑１１基のうちの一つ。路傍にあったものを移設した<br /><br /><br />次郎弁天の池 　殿ヶ谷戸庭園の中にある池です。昔、この付近に弁天様が祀られていたことが名前の由来です。弁天様の付近は湧水の湧く窪地で、次郎弁天の清水と呼ばれていたそうです。この地に別荘を造成するときに湧水を集めて池を造成しました。今では次郎弁天がどこに祀られていたのか、次郎弁天の名前の由来などわからなくなってしまったそうです。池の付近に湧水がこんこんと湧き出ているのがわかります。池の水は野川に向かって流れ、暗渠となって野川に合流しています。野川の水源の一つです<br /><br />タツノコプロダクション　漫画等の原作を元にしないアニメを提供する企業で、そのため作品にかかわる権利の９割を自社保有している。作品としてはマッハＧＯＧＯ、ハクション大魔王、いなかっぺ大将、ガッチャマン、改造人間キャシャーン、タイムボカンシリーズなどはある<br /><br />中央線水路トンネル　野川の源流は日立中央研究所を流れ出ると、ＪＲ中央線にぶつかります。中央線は谷を築堤で越えているので、水路は築堤をトンネルでくぐって住宅地に流れ出てゆきます<br /><br />押切橋　玉川上水開削以前に、幕府が野川の水に目を付け、府中宿に水を引こうとしたが、工事を始めたものの、出水すればたちまち堰が押し流され計画は破棄された。水勢に押し切られたことから付近に押切間の字名がついた<br /><br />多喜窪通り　押切橋とあやめ橋の間の多喜窪通りを築堤で越えます。古くは滝窪、滝久保とも書かれた地名で、湧水が滝のように流れていたと思われる<br /><br />あやめ橋<br /><br />緑橋　押切橋の項に書いた話は実際はこのあたりであったという<br /><br />お鷹の道　江戸時代の寛永元年（１７４８）に国分寺市内の村々は、尾張徳川の御鷹場に指定され、慶応三年（１８６７）に廃止されるまで村人の生活に多くの影響を与えていました。断線下の湧水を集めて野川にそそぐ清流沿いの小道はいつのころからか「お鷹の道」と呼ばれ、昭和４７年～４８年に国分寺市が遊歩道として整備しました<br /><br />真姿の池湧水群　元町用水の水源で、元町用水は野川と合流しているので野川の水源の一つとなっています。昭和60年３月に当時の環境庁(現 環境省)から、名水百選に選ばれました 。真姿の池の由来は嘉祥元年（８４８）不治の病に苦しんだ玉造小町が、病気平癒祈願のため国分寺を訪れて２１回参詣すると、一人の童子が現れ、小町をこの池に案内し、この池の水で身を清めるようにと言って姿を消したので、そのとおりにしたところ、たちどころに病は癒え、元の美しい姿に戻ったという説から来ています<br /><br />真姿弁財天　真姿の池のほとりにある弁天、新編武蔵風土記稿にも出ている。湧水の上には稲荷社がある<br /><br />山崎商店　表札と看板の店で、２３万個の表札、看板に囲まれている。吉田茂に表札を献上し有名になったそうである<br /><br />元町用水　野川の水源の一つです。姿見の池やハケの湧水を水源とし、昔は田畑を潤していました。清冽な流れにはホタルが生息し、その餌になるカワニナが放たれています。不動橋のあたりで野川に合流<br /><br />東鮨　先代は太宰治が贔屓にした三鷹にあったウナギの店若松屋。ウナギのかごを玉川上水に取りに行き太宰の遺体を発見した。その２年後国分寺に移転後、様々な商売に転業したが、現在のご主人が鮨屋を始めるとウナギのレシピを伝授した<br /><br />不動橋　近くに不動明王碑があることに由来する<br /><br />庚申塔、石橋供養塔、不動明王像　庚申塔は延享（１７４５）年に国分寺村の人が建てました。石橋供養碑は天保３（1832）年銘。常に人に踏まれている石橋を供養する意味と石橋を渡って村内に悪疫や災いが入り込まないようにする意味がある。不動明王碑も村内に災厄や疾病が入り込むのを防ぐ意味があるといわれています。いつだれが建立したか不明。花や絵馬が飾られ信仰の対象になっています<br /><br />一里塚橋　武蔵国府からの一里塚があったと思われるが現在は不明　元町用水が合流する<br /><br />もみじ橋　欄干に紅葉があしらわれ、紅葉が植えられている<br /><br />丸山橋　この辺りの高台を丸山といった<br /><br />平安神社　創建は嘉永二年（１８４９）「孝明天皇一ニ一代徳川家慶十二代」の時代と伝えられている。祭神は菊理媛神（くくりひめのかみ）で、別名「白山媛」と云われ加賀（石川県石川郡）の白山頂上に白山比　神社として祀られている女神で、この神の分霊をこの地に招き迎えて祀った神である。時代は定かでないが、町の人達が平穏な生活ができるようにと平安神社と改名され、国分寺東部の守護神として「火」を司る神として崇敬されている。菊理媛神は伊弉諾尊が伊弉冉尊を追い黄泉国に至り、同国から逃げ帰ろうとして黄泉国宮坂でニ尊が言い合いの時、菊理媛が間に立ってニ尊の言葉を伝えて、両者の間を調和し相互の主張を聞き入れて助言をしたことにより伊弉諾尊が無事に死の国（黄泉国）を脱出することができたと云われている。<br /><br />平安橋　平安神社に由来する<br /><br />長谷戸橋　この辺りの古い地名「はせど」に由来する<br /><br />鞍尾根橋　ここから先はコンクリート護岸ではなくなる、くらぼねは断崖の連続する段丘崖を意味する言葉ともいわれる<br /><br />東京経済大学　１９００年に大倉財閥の大倉喜八郎が大倉商業学校として赤坂に設立。１９４９年に国分寺に移転して東京経済大学となりました。卒業生には歌手のスガシカオ、 巨人軍の命名者鈴木惣太郎、 - サンフランシスコ・ジャイアンツ投手（元阪神タイガース） 藪恵壹、 森ビル創業者森泰吉郎、大映社長だった永田雅一、参議院議員薬害エイズ訴訟原告川田龍平などの諸氏を輩出しています<br /><br />新次郎池  東京経済大学内にある野川の水源の一つです。大学の構内にあり、５か所の湧水の水を集めて北澤新次郎学長(1957～67年)に池として整備され新次郎池と呼ばれるようになった。以前はワサビ田としても利用され、東京の名水５７選にも選ばれている。<br /><br />くらぼね坂  大学の横の坂道です。昔は急坂の東が切り立つような赤土の崖で、雨の降る時などは人も馬も滑って歩くことができなかったそうで、鞍（馬）でも骨を折ることから名付けられたそうです。 <br /><br />貫井神社　祭神：市杵嶋姫命、大己貴命　雨乞い・学芸成就・商売繁盛他 創建は天正十八年（１５９０）この湧水の出る景勝の当地に水の神である水神様を貫井弁財天と称し、氏神様として祀った。江戸時代貫井村の鎮守。明治維新の神仏分離令例祭により、明治八年（１８７５）厳島神社と改称、更に貫井村字一ノ久保鎮座の貫井神社を合祀、以降村社貫井神社と称した。　本殿は宝永六年（１７０９）に改築し立派な彫刻を施した文化財として価値あったが昭和六十年（１９８5）火災で焼失、翌年十二月に総桧材流造の本殿の復元と併せて渡廊・玉垣。神橋も復元竣工した 。ハケから湧水があり東京の名水57選に選ばれている。野川の水源の一つ<br /><br />貫井のプール跡　豊富な湧水は大正12(1923)年、体育向上と精神鍛錬のため、湧水を水源とした50mプールをつくれる程でありました。貫井水泳場と呼ばれ昭和４９年まで続き、現在は駐車場になってしまいました。貫井プールの碑が建っています。この湧水が小金井の地名の由来になり（諸説あり）、地名や神社の名前の貫井は温かい水が湧き出てきたので温井から貫井になったという説があります <br /><br /> 貫井遺跡 　貫井神社の崖上の武蔵野段丘上に、市立第四小学校校庭を中心に広がり、崖線（はけ）下の湧水を立地条件とした集落跡の貫井遺跡がある。 　昭和十四年（１９３９）からこれまで二十数回におよぶ発掘調査が行われ、縄文時代中期の中頃から末期（約四千五百年～四千年前）の住居跡約五十軒のほか、墓や貯蔵用の穴がまとまって発見されている。この集落は墓穴などが密集する中央広場を取り囲むように住居跡が巡っており、縄文時代中期によく見られる環状集落と考えられる。　出土品には多数の縄文土器や石器、土偶、大珠と呼ばれる貴重な石製の胸飾り等がある。　また、旧石器時代（約三万～一万二千年前）の石器や縄文時代早期前半（約九千年前）・後期前半（約四千年～三千五百年前）の遺物も出土している<br /><br />真明寺　貫井神社の別当寺。大日如来が本尊、真明寺の創建は明らかでないが、かって本寺であった府中妙光院の記録では、中興の時を永禄十二年（１５６９）、創建者を海宥としているが実証する資料はない。小金井市誌では、尊祐が中前にあった真明寺の前身と、当寺の近くにあった大日如来堂とを合わせ、延宝六年（１６７８）この地に移築したと述べられている。この説は真明寺に保存されている開山尊祐の位牌に記された没年（１６９４）や、遺跡の存在から真実に近いとみられる。<br /><br />弁天橋　貫井神社がむかし貫井弁天と呼ばれていたことに由来する<br /><br />野川旧河道　曲がりくねった野川は河川改修によりまっすぐにされました。昔の旧河道は遊歩道になり、貫井神社の湧水が導かれ湧水の道と呼ばれています。ザリガニ捕りなどできるようです<br /><br />西之橋　<br /><br />寛政六年庚申塔　寛政６（1794）年に建立されたもので正面には「絶三尸罪（ぜっさんしざい）」と刻まれており、これは都内でも珍しく貴重なものだということです。庚申信仰は中国の道教に起源をもつ民間信仰で、「三尸（さんし）説」に基づいています。人の体内には三尸の虫という虫がいて、これが60日に1度巡ってくる庚申（かのえさる）の日の夜、人が眠っている間に体内から抜け出して、その人の悪事を天帝に報告に行き、天帝は悪事の大小に応じてその人の寿命を縮めると考えられていました。そのため、人々は庚申の日に集まり、三尸の虫が出ていかないように夜通し寝ずに過ごしたわけです。これを庚申待といい、３年で18度の庚申待を続けると、それを記念して供養塔を建てたということです。　塔の側面には「右小川・すな川道、左こくぶんじ道」という道しるべがあり、台座には「貫井村講中」と刻まれています。<br /><br />閻魔堂木造閻魔像坐像　貫井共同墓地（大墓）の閻魔堂にあり、閻魔王坐像（像高75cm）を中心とする十王（一体欠）などの小像や天秤（てんびん）などの諸像具が一括して残されている、閻魔王を中心とする諸像及び仏具は、地獄（じごく）思想に基づく、信仰の対象として、貫井村の人々によって天保（てんぽう）6（1835）年頃に造られた。小金井市の重宝に指定されている。閻魔堂は年4回、正月、春秋の彼岸、お盆に開帳されるそうで普段は見ることが出来ません。「イイキリ」の大木があり。初冬、大きな葉っぱが落ちると赤い実の房がたくさん成っているのが青い空に映えて綺麗ですが、これが見られるのはせいぜい一週間とのこと、ヒヨドリなどの野鳥が食べ尽くしてしまうのだそうです。<br /><br />貫井新橋<br /><br />坂下橋<br /><br />小金井大勝軒　東池袋大勝軒の系列。大勝軒ののれん会にも属す。行列のできる店<br /><br />貫井大橋　新小金井街道に架かる<br /><br />はけのうえ遺跡　武蔵野段丘上にあり、旧石器時代（約１万２千年～３万年前）の石器や石焼料理場の跡、 また、縄文時代早期前半（約９千年前）及び後期（約４千年前）の住居跡が発見されています<br /><br />貫井大坂　（質屋の坂）　貫井トンネルの西側、 曲がりくねった長い急坂で、 現在も部分的に残っている。　昔は、 「質屋の坂」とともに、 府中から所沢、 志木へ通う商人たちが多く利用した。「つづら折の坂」（貫井大坂）とも呼ばれ新小金井街道の貫井トンネルの開通まで、ジグザグに折れ曲がる「九十九折りの坂」があった。貫井村方面から貫井新田、小平、志木方面に通じる古い幹線道路で、 「貫井大坂」とも呼ばれた。と記載されています。 ただ、坂は現存していないとのことです。<br /><br />滄浪泉園　 明治 ・大正期に三井銀行等の役員、 外交官、衆議院議員など歴任した波多野承五郎氏（雅号・古渓）により、 武蔵野の特徴的な地形である「ハケ」とその湧水を取り入れた庭園を持つ別荘として利用されて来ました。 その名の由来は、大正８年、この庭園を訪れた犬養毅（雅号 ・木堂）元首相によって名付けられました。 「手や足を洗い、口をそそぎ俗塵に汚れた心を洗い清める、清々と豊かな水の湧き出る泉のある庭」との意味を持っています。 入口前にある石の門標の文字は、 木堂翁自らの筆によるものです。昭和に入って三井鉱山の役員であった川嶋氏の手に移り、茅葺の大きな家や長屋門などが風雅なたたずまいを見せていました。 然しながら、その後宅地化の波の中でマンション建設計画が起こり、 存在が危ぶまれましたが、 多くの市民の要望が実り、昭和５２年東京都による緑地保全地区の指定 ・ 買収を受け都民の財産として残していくことになりました。滄浪泉園は、古代多摩川が長い年月をかけて南西に移って行った過程で作った、最も古い段丘の一つに位置しており、 この斜面は 国分寺崖線と呼ばれ、 立川市の北東から世田谷区の野毛町まで続いています。 崖下の砂礫層からは 豊かな地下水が湧き出て、「ハケ」と呼ばれています。これらの地域では、多様な植物が生育し、多くの生物の棲息を可能にしています。 滄浪泉園内には、 杉、 赤松等が数多く残り、 フデリンドウ、 ニリンソウ、 ギンラン等の野草も見られます。 開園に際しては、 これらの動植物、 地形等の自然をできるだけそのまま残すようにと、 慎重な配慮のもと整備されました <br /><br />弁車の坂<br /> ]]>
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<title>200回記念</title>
<description> 11月15日　湧水の地　水源から野川を歩く2000年に発足した東京再発見の200回目になる記念すべきイベントです 湧水で知られる国分寺崖線。それに沿って流れる野川はコンクリートに固められずに緑多い護岸を残し自然環境は抜群です。 この水源は日立中央研究所の庭園にあるのですが、年に二回しか一般公開されません。春の公開日は、かなまら祭りとぶつかったために秋の公開日にイベントを移動しました 野川の水源の幾つかを回ったり
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<![CDATA[ 11月15日　湧水の地　水源から野川を歩く<br /><br />2000年に発足した東京再発見の200回目になる記念すべきイベントです <br /><br />湧水で知られる国分寺崖線。それに沿って流れる野川はコンクリートに固められずに緑多い護岸を残し自然環境は抜群です。 <br /><br />この水源は日立中央研究所の庭園にあるのですが、年に二回しか一般公開されません。春の公開日は、かなまら祭りとぶつかったために秋の公開日にイベントを移動しました <br /><br />野川の水源の幾つかを回ったり、野川沿いに散歩を致します <br /><br />9時　国分寺駅集合　途中合流ありですが、朝から参加しないと日立中央研究所の庭園（年に二回しか公開しない）は見学できません <br /><br />野川沿いを歩き17時には解散予定 <br /><br />国分寺駅～日立中央研究所（野川水源）～お鷹の道～真姿の池～殿ヶ谷戸庭園～東京経済大学の池～滄浪泉園～武蔵野公園～新小金井駅 <br /><br />野川水源巡り <br /><br />日立中央研究所の大池 <br />真姿の池湧水群 <br />次郎弁天の池（殿ヶ谷戸庭園） <br />進次郎池（東京経済大学内） <br />貫井神社の湧水 <br />滄浪泉園 <br /><br />打ち上げでは200回をお祝いしたいと考えています <br /><br />打ち上げのお店　　新宿です <br /><br />イタリアンホテルレストラン　VILLAZZA（ヴィラッツア ） <br /><br /><br />http://bnavi.c-pon.com/user/shop/show/1158?ext_key=660 <br /><br />4000円飲み放題です。 <br /><br />途中合流、離脱のポイントは昼前後の国分寺駅と14：30ぐらいの武蔵小金井駅になります<br />-------------------------------------<br /><br />11月21日（土）　自由が丘スイーツ散策<br /><br />ryotaくんが自由が丘を案内してくれます。 <br /><br />自由が丘名所、スイーツのお店などなど <br /><br />自由が丘デパート→モンブラン→ひかり街→Atsuko Matano Gallery→Ribbon→自由ヶ丘風月堂→ポパイカメラ→えんぎ屋→Luz自由ヶ丘（Celb de TOMATO自由ヶ丘テラス、SABON自由ヶ丘店）→cafe MAX→quatre saisons tokio→私の部屋→PG GAUZE→SIX→kitchen dogs→ke:miyu→サンクスネイチャーバス→サロンアンピエール→ねこカフェクラブ→people tree→Three dogs Bakery→チュベ・ド・ショコラ→自由ヶ丘学園→モンサンクレール→自由ヶ丘ロール屋→亀屋万年堂総本店→サロン・ド・キャフェ・クレチュール→JIYUGAOKA BURGER→豆豚食堂　朝日屋→スイーツフォレスト→CUOCA SHOP→九品仏川緑道→花きゃべつ→八沢川→UNIQLO（WOMEN'S ONLY SHOP）→momi＆toy's→FRuVEGe→豚そば屋大大→ごっつい自由ヶ丘→銀座キャンドル→Family Pet Club→Eco cycle <br /> ]]>
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<title>10月24日　鎌倉散歩</title>
<description> 10月24日（土）鎌倉に秋を感じる　二階堂散歩 古都鎌倉を東京再発見としては久しぶりに散策したいと思っています。今回は古刹が多く静かな雰囲気の二階堂方面を歩こうと思っています。幹事はZEPHYROSさんです 集合は鎌倉駅東口の改札を出て右手に９時４０分とします。 昼食は各自持参でお願いします。 予定コース Ａー①「鎌倉駅東口ロータリー」→Ａー②「鶴岡八幡宮　二の鳥居と段葛」→Ｂー①「鶴岡八幡宮　三の鳥居」→Ｂー②「白旗神
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<![CDATA[ 10月24日（土）鎌倉に秋を感じる　二階堂散歩 <br /><br />古都鎌倉を東京再発見としては久しぶりに散策したいと思っています。今回は古刹が多く静かな雰囲気の二階堂方面を歩こうと思っています。幹事はZEPHYROSさんです <br /><br />集合は鎌倉駅東口の改札を出て右手に９時４０分とします。 <br /><br />昼食は各自持参でお願いします。 <br /><br />予定コース <br />Ａー①「鎌倉駅東口ロータリー」→Ａー②「鶴岡八幡宮　二の鳥居と段葛」→Ｂー①「鶴岡八幡宮　三の鳥居」→Ｂー②「白旗神社（八幡宮境内）」→Ｃー①「白旗神社（西御門）」→Ｄー①「荏柄天神社」→Ｄー②「鎌倉市立第二小学校」→Ｄー③「端泉寺（＊）」→Ｄー④「大塔宮（鎌倉宮）」→Ｄー⑤「大塔宮・護良親王の墓」→Ｄー⑥「江ノ電分譲地」→Ｅー①「住友分譲地」→Ｅー②「浄妙寺（＊）」→Ｅー③「旧華頂宮庭園」→Ｅー④「報国寺」→Ｂー③「宝戒寺（＊）」→Ａー③「紅葉山やぐら（＊）」→Ａー④「東勝寺橋」→Ａー⑤「東勝寺跡」「腹切りやぐら」→Ａー⑥「蛭子神社（＊）」→Ａ－⑦「本覚寺」→Ｆ－①「妙本寺」→Ｆ－②「八雲神社（＊）」→Ｇ－①「元鶴岡八幡宮」→Ｇ－②「光明寺（＊）」→Ｇ－③「材木座海岸（＊）」→Ｇ－④「五所神社」→Ｈ－①「鎌倉女学院」→Ｈ－②「鶴岡八幡宮　一の鳥居」→Ｈ－③「鎌倉市立第一小学校」→Ｈ－④「下馬四つ角」→Ｉ－①「甘縄神命宮」→Ｉ－②「山海堂」（http://www1.kamakuranet.ne.jp/sankaido/）→Ｈ－⑤「六地蔵」→Ｊ－①「御成町商店街」→Ｊ－②「鎌倉市役所（＊）」→Ｊ－③「鎌倉駅地下道」 <br />（名前の後ろに（＊）が入っているものは、時間によっては割愛します。） <br /><br />Ａ：小町　Ｂ：雪ノ下　Ｃ：西御門　Ｄ：二階堂　Ｅ：浄明寺　Ｆ：大町　Ｇ：材木座　Ｈ：由比ガ浜　Ｉ：長谷　Ｊ：御成町 <br /><br />Ａ－① <br />昼食が購入可能な唯一の場所です。 <br />改札を出て右手の「ベッカーズ」でテイクアウト可能の他、駅コンビニの「ＮＥＷ　ＤＡＹＳ」、駅ロータリー右手の東急ストア（９時３０分開店）の1階で弁当類、2階でパン類が購入可能。又、「ファミリーマート」も隣接しています。 <br />Ｄ－③ <br />拝観料が200円かかります。山門の所で15分自由時間とし、ご覧になりたい方だけ拝観料を払って入って頂きます。 <br />Ｄ－⑤ <br />ここの無料休憩所を昼食場所とします。トイレと売店がある他、休憩所で麺類の提供もありますが品切れたらアウトですので、あまり当てにしない方が安全です。 <br />持参した食料のゴミ等は持ち帰りになります。大塔宮護良親王が幽閉されていた土牢は拝観料300円かかります。拝観希望の方だけ休憩時間内に入って頂きます。 <br />Ｅ－② <br />拝観料が100円かかりますが、ここは全員で入って頂きます。但し、時間によっては割愛します。 <br />Ｅ－③ <br />維持費用の募金箱が設置されていますので、お賽銭程度の額で構いませんので出来れば協力をお願いします。 <br />Ｅ－④ <br />奥にある名物の「竹の庭」のみ拝観料が200円かかります。拝観希望される方のみ入って頂きます。 <br />Ｂ－③ <br />拝観料が100円かかります。門の前で20分自由時間としますので、拝観希望の方のみ入って頂きます。又、近くに「ａｍ／ｐｍ」と「ファミリーマート」がありますので、用のある方は自由時間内に行って頂きます。上記２店舗は、当日、駅前に続いて遭遇可能なコンビニです。 <br />Ｈ－④ <br />セブンイレブンの前を通過しますので、手前で少し時間を取ります。 上記は当日、遭遇する最後のコンビニです。 <br /><br />注意 <br />イ．コース途上で遭遇出来るコンビニ又はスーパーマーケットは以下のとおりで　　す。 <br />　　朝、集合場所での東急ストアとファミリーストア <br />　　午後、雪ノ下のａｍ／ｐｍとファミリーマート <br />　　夕方、下馬のセブンイレブン <br /><br />　　なお、酒屋は午後に何軒か通りますので、開いていたらアルコールは購入可　　能です。（自動販売機では売っていません） <br />　　又、午前中は酒屋の前を通りません。 <br /><br />ロ．急勾配の坂道や階段、舗装されておらず足元の滑りやすい箇所などあります　　ので、いつにも増して動き易く歩き易い格好でお願いします。 <br /><br />ハ．ゴミを捨てられる場所がコース上にありませんので、食料品の包装紙や袋　　　等、全て持ち帰って頂く事になります。 <br />　　又、飲料の自動販売機の横に回収箱が無い場合がありますので、注意して下　　さい。 <br /><br />終了は６時３０分を考えております。 <br />その後、駅の近辺で７時００分辺りから２時間程度で打ち上げを考えております。 ]]>
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<title>10月ｵﾌ</title>
<description> 次回オフは １０月１２日　水辺から東京を見よう　船で巡る東京 いつも何気なく見ている水辺の風景。都心の水辺の風景も様々な橋や建物が見られて興味深いものです。今回は船を借り切って神田川、日本橋川とめぐって、川をめぐりながら橋や東京の街を見上げてみようという企画です。10月12日の祝日に行います 船の定員があるので20名限定です（20名を超えたらキャンセル待ちになります） 現在、仮予約なので日程の変更があるかもし
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<![CDATA[ 次回オフは <br /><br />１０月１２日　水辺から東京を見よう　船で巡る東京 <br /><br />いつも何気なく見ている水辺の風景。都心の水辺の風景も様々な橋や建物が見られて興味深いものです。今回は船を借り切って神田川、日本橋川とめぐって、川をめぐりながら橋や東京の街を見上げてみようという企画です。10月12日の祝日に行います <br /><br />船の定員があるので20名限定です（20名を超えたらキャンセル待ちになります） <br /><br />現在、仮予約なので日程の変更があるかもしれません（インストラクターを手配中らしいです） <br /><br />9：45集合　乗船時間は４～５時間 <br /><br />終了後、軽く散歩するかも　17時までには解散 <br /><br />費用　エコツアー参加費用（船のチャーター代、保険等含む）4000円＋参加費用500円 <br /><br />---------------------------------------------- <br /><br />10月24日（土）鎌倉に秋を感じる　二階堂散歩 <br /><br />古都鎌倉を東京再発見としては久しぶりに散策したいと思っています。今回は古刹が多く静かな雰囲気の二階堂方面を歩こうと思っています。幹事はZEPHYROSさんです <br /><br />集合は鎌倉駅東口の改札を出て右手に９時４０分とします。 <br /><br />昼食は各自持参でお願いします。 <br /><br />予定コース <br />Ａー①「鎌倉駅東口ロータリー」→Ａー②「鶴岡八幡宮　二の鳥居と段葛」→Ｂー①「鶴岡八幡宮　三の鳥居」→Ｂー②「白旗神社（八幡宮境内）」→Ｃー①「白旗神社（西御門）」→Ｄー①「荏柄天神社」→Ｄー②「鎌倉市立第二小学校」→Ｄー③「端泉寺（＊）」→Ｄー④「大塔宮（鎌倉宮）」→Ｄー⑤「大塔宮・護良親王の墓」→Ｄー⑥「江ノ電分譲地」→Ｅー①「住友分譲地」→Ｅー②「浄妙寺（＊）」→Ｅー③「旧華頂宮庭園」→Ｅー④「報国寺」→Ｂー③「宝戒寺（＊）」→Ａー③「紅葉山やぐら（＊）」→Ａー④「東勝寺橋」→Ａー⑤「東勝寺跡」「腹切りやぐら」→Ａー⑥「蛭子神社（＊）」→Ａ－⑦「本覚寺」→Ｆ－①「妙本寺」→Ｆ－②「八雲神社（＊）」→Ｇ－①「元鶴岡八幡宮」→Ｇ－②「光明寺（＊）」→Ｇ－③「材木座海岸（＊）」→Ｇ－④「五所神社」→Ｈ－①「鎌倉女学院」→Ｈ－②「鶴岡八幡宮　一の鳥居」→Ｈ－③「鎌倉市立第一小学校」→Ｈ－④「下馬四つ角」→Ｉ－①「甘縄神命宮」→Ｉ－②「山海堂」（http://www1.kamakuranet.ne.jp/sankaido/）→Ｈ－⑤「六地蔵」→Ｊ－①「御成町商店街」→Ｊ－②「鎌倉市役所（＊）」→Ｊ－③「鎌倉駅地下道」 <br />（名前の後ろに（＊）が入っているものは、時間によっては割愛します。） <br /><br />Ａ：小町　Ｂ：雪ノ下　Ｃ：西御門　Ｄ：二階堂　Ｅ：浄明寺　Ｆ：大町　Ｇ：材木座　Ｈ：由比ガ浜　Ｉ：長谷　Ｊ：御成町 <br /><br />Ａ－① <br />昼食が購入可能な唯一の場所です。 <br />改札を出て右手の「ベッカーズ」でテイクアウト可能の他、駅コンビニの「ＮＥＷ　ＤＡＹＳ」、駅ロータリー右手の東急ストア（９時３０分開店）の1階で弁当類、2階でパン類が購入可能。又、「ファミリーマート」も隣接しています。 <br />Ｄ－③ <br />拝観料が200円かかります。山門の所で15分自由時間とし、ご覧になりたい方だけ拝観料を払って入って頂きます。 <br />Ｄ－⑤ <br />ここの無料休憩所を昼食場所とします。トイレと売店がある他、休憩所で麺類の提供もありますが品切れたらアウトですので、あまり当てにしない方が安全です。 <br />持参した食料のゴミ等は持ち帰りになります。大塔宮護良親王が幽閉されていた土牢は拝観料300円かかります。拝観希望の方だけ休憩時間内に入って頂きます。 <br />Ｅ－② <br />拝観料が100円かかりますが、ここは全員で入って頂きます。但し、時間によっては割愛します。 <br />Ｅ－③ <br />維持費用の募金箱が設置されていますので、お賽銭程度の額で構いませんので出来れば協力をお願いします。 <br />Ｅ－④ <br />奥にある名物の「竹の庭」のみ拝観料が200円かかります。拝観希望される方のみ入って頂きます。 <br />Ｂ－③ <br />拝観料が100円かかります。門の前で20分自由時間としますので、拝観希望の方のみ入って頂きます。又、近くに「ａｍ／ｐｍ」と「ファミリーマート」がありますので、用のある方は自由時間内に行って頂きます。上記２店舗は、当日、駅前に続いて遭遇可能なコンビニです。 <br />Ｈ－④ <br />セブンイレブンの前を通過しますので、手前で少し時間を取ります。 上記は当日、遭遇する最後のコンビニです。 <br /><br />注意 <br />イ．コース途上で遭遇出来るコンビニ又はスーパーマーケットは以下のとおりで　　す。 <br />　　朝、集合場所での東急ストアとファミリーストア <br />　　午後、雪ノ下のａｍ／ｐｍとファミリーマート <br />　　夕方、下馬のセブンイレブン <br /><br />　　なお、酒屋は午後に何軒か通りますので、開いていたらアルコールは購入可　　能です。（自動販売機では売っていません） <br />　　又、午前中は酒屋の前を通りません。 <br /><br />ロ．急勾配の坂道や階段、舗装されておらず足元の滑りやすい箇所などあります　　ので、いつにも増して動き易く歩き易い格好でお願いします。 <br /><br />ハ．ゴミを捨てられる場所がコース上にありませんので、食料品の包装紙や袋　　　等、全て持ち帰って頂く事になります。 <br />　　又、飲料の自動販売機の横に回収箱が無い場合がありますので、注意して下　　さい。 <br /><br />終了は６時３０分を考えております。 <br />その後、駅の近辺で７時００分辺りから２時間程度で打ち上げを考えております。 <br /> ]]>
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<dc:date>2009-10-08T14:32:49+09:00</dc:date>
<dc:creator>クバ</dc:creator>
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<title>お台場散歩見所</title>
<description> プロ野球発祥の地　埠頭少年野球場のある場所は、大正９年１２月芝浦野球協会がここにあった芝浦球場を本拠地として日本初のプロ野球球団として発足した。しかしスポーツで金を稼ぐとは、スポーツに対する冒涜だという職業や野球に対する偏見があって、関東大震災の時に、芝浦球場と合宿所の建物を関東戒厳令指令本部として徴発されてしまった。グランドの柵は壊され救援物資の配給基地にされてしまった。司令部の後を引き継いだ内
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<![CDATA[ プロ野球発祥の地　埠頭少年野球場のある場所は、大正９年１２月芝浦野球協会がここにあった芝浦球場を本拠地として日本初のプロ野球球団として発足した。しかしスポーツで金を稼ぐとは、スポーツに対する冒涜だという職業や野球に対する偏見があって、関東大震災の時に、芝浦球場と合宿所の建物を関東戒厳令指令本部として徴発されてしまった。グランドの柵は壊され救援物資の配給基地にされてしまった。司令部の後を引き継いだ内務省や東京市も強制徴用を続け、敷地には倉庫を建てられてしまった。日本初のプロ野球球団日本運動協会は大正１３年１月に解散をした<br /><br />南極探検隊出港記念碑　明治４３年に白瀬中尉らが日本初の南極探検隊として図南丸に乗って出港した場所。白瀬らは南極大陸の雪原に大和雪原と名付けて帰国した。その壮挙を讃え、昭和１１年に記念碑がたてられた<br /><br />芝浦運河と汐彩橋　明治から大正にかけて行われた芝浦の埋め立てで出来た運河。汐彩橋は平成１６年４月１４日に架けられた。東京湾につながる運河であることと、レインボーブリッジを見ることができることから橋の名前が名づけられた<br /><br />湾岸食堂　東京都の港湾労働者の福利厚生事業団体の食堂施設。ロケーションがよくフジテレビのドラマの撮影でもよく使われる<br /><br />ヨコソーレインボータワー　変わった形の建物でオフィス部分にはクラシエ（旧カネボウ）本社が入り、高層階は高級賃貸マンション<br /><br />レインボーブリッジ　１９８７年着工、１９９３年竣工。橋長798ｍ。上下二層構造、上部は首都高速11号台場線・東京港連絡橋。下部は東京都道482号台場青海線とゆりかもめとなっています。海面から橋までの高さは52ｍ。歩道のレインボープロムナードは２０００年までは大人３００円の有料遊歩道だった。夜景が美しく首都高の名所になっています<br /><br />第六台場　嘉永６年のペリー艦隊来航に脅威を抱いた幕府は、伊豆代官江川太郎左衛門に命じて海上に洋式砲台を築かせた。全部で八ヵ所築かれたが、結局は使わずに明治維新を迎えた。正式名称は品川台場。幕府の施設だったのでお台場と呼ばれる。明治以降は民間などに払い下げられ、埋め立てなどでほとんどが消滅した。東京市に払い下げられた第三、第六台場だけが史跡公園に指定されて保存されている。海上に孤立する第六台場は船でしか近寄ることができず、上陸が制限されているため、カワウや鷺の繁殖地になっている。江戸時代の桟橋も残されている<br /><br />鳥の島　お台場の旧防波堤。木々が生い茂り野鳥の住家となっている<br /><br />第三台場史跡公園　第三台場は安政５（1854）年の着工で国の史跡として指定され、昭和３年に整備されて公園として開放された。中央には守備隊の休憩所（兵舎）の礎石があり、火薬庫、玉薬庫の跡や石組みの桟橋が残されています品川台場の往時の面影を残しています。昔は海上にありましたが埋め立て造成により地続きとなりました<br /><br />臨海副都心　お台場あたりは東京湾を掘削した残土によって昭和５４年に完成し、１３号埋立地と呼ばれた。13号埋立地はいずれの区にも属していなかったが、調停により北部は港区、西部は品川区、南部は江東区にそれぞれ帰属した。都心の混雑を緩和することを目的に、臨海副都心、東京テレポートタウン建設が進められ、レインボーブリッジが架けられ、世界都市博覧会の開催が予定され企業が誘致されたが、平成７年に世界都市博が中止され、企業進出が進まなくなり、第三セクターは破たんした。しかしフジテレビなどの企業が進出し、大型商業施設も建設されてお台場は東京の一大観光地となった<br /><br />シーリアお台場　公団、都営住宅　３２階建て、地上111.５ｍ<br /><br />お台場海浜公園　かつては貯木場だったが、昭和４０年代から公園として整備され潮干狩りやウィンドサーフィンをする人などでにぎわった。１９９６年にリニューアルオープンし、ビーチのような公園となりレインボーブリッジや都心の風景を眺めることができる<br /><br />デックス東京ビーチ　お台場を代表する商業施設。晴海トリトンなども手掛ける住商アーバン開発が運営する。デッキボード貼りのオープンテラスであることからその名がついた。グッドデザイン施設賞などを受賞している<br /><br />台場一丁目商店街　昭和３０年代をイメージしたレトロな街並みを再現した商店街<br /><br />マッスルパーク　スポーツテーマパークでテレビ番組筋肉番付の競技を再現しているアトラクションもある<br /><br />台場小香港　２０００年にオープンした香港を模した疑似中華街<br /><br />エステワールド　世界のエステが体験できる。１６のサロンが集まったスポット<br /><br />東京ジョイポリス　セガが運営する様々なアトラクションがあるテーマパーク<br /><br />メディアージュ　ソニーが運営する複合商業施設。飲食店や映画館が入る。開業当初はＩＣカードによる支払いを導入しており、これがＩＣカードの実証実験であって、ＩＣカードや電子マネーの普及に貢献した<br /><br />シネマメディアージュ　ＴＯＨＯシネマズが運営する１３スクリーン、３０００シートの都内有数のシネコン<br /><br />ソニーエクスプローラーサイエンス　ソニーが運営する科学館<br /><br />蘂　黄桜の直営店で、店内に日本一小さな醸造所がある。９月末日をもって閉店<br /><br />アクアシティ　三菱地所が運営する商業施設。毎年夏にジャンプショップが臨時開店する。Ｘジャパンが再結成した時にここの屋上からスタートした<br /><br />ラーメン国技館　ラーメンに関するフードテーマパークで、半年ごとに６店舗が入れ替わっていた。第一期から最終期（六期）までの最強店が集結した最強場所、最強ラーコク～強者たちの饗宴が行われている<br /><br />アクアシティお台場神社　施設内に芝大神宮から分霊した神社がまつられている。眺望がとても良い<br /><br />自由の女神像　日本のフランス年事業の一環として、１９９８年から１年間、パリの自由の女神像が公開されていた。この事業が大変好評だったので、フランス政府からレプリカの制作を認められ、フランスにて複製され２０００年に設置された。フランス政府公認のレプリカである<br /><br />フジテレビ本社　日本最大級のメディアグループのフジサンケイグループの中核企業。１９９７年にお台場に移転。丹下健三の設計。２５階建て。直径３２ｍの球体展望台ははちたまと呼ばれる。低層階は公開スペース、３階にスタジオ、高層階にはオフィスが入る。ビルの見た目はワイドクリアビジョンテレビ16：９をイメージしているという<br /><br />ホテルグランパシフィック　ル・ダイバ　京急グループが運営するシティホテル。当初はエールフランスが運営するホテルチェーン、ル、メリディアンと提携していたことから、グランパシフィック、ル、メリディアンと称していたが、提携を解消したことにより２００８年からル、ダイバに改称した。世界都市博覧会に合わせて建設されたが、都市博中止により工事が中断したので２年遅れの１９９８年に開業した。フランス風のホテルで、客室規模は臨海副都心最大である。東京ディズニーリゾートのグッドネイバーホテルでディズニーランドへのシャトルバスを運行している<br /><br />ホテル日航東京　ＪＡＬホテルズが運営する１９９６年に開業した臨海副都心で最初の宿泊施設。オーシャンビューのリゾート風の作りになっている。ミシュランガイド東京日本語版2009」の「快適なホテル格付け順」で、「黒い家マーク4つ」を獲得した。<br /><br />都立潮風公園　１９７４年に開園した都立公園。１９９６年、世界都市博に合わせてリニューアルした。海の眺望がよく東京湾全体が見渡せる。対岸の品川にあるコンテナ埠頭の巨大クレーンが立ち並ぶ姿は圧巻である。バーベキュー広場の近くでは実物大ガンダムが公開されて人気を博した<br /><br />十三号地公園記念碑　１９７４年に十三号地公園として開園した歴史を記念し、園名石を記念碑として保存している<br /><br />夕陽の塔　夕陽を背景にした時に印象的なシルエットになるように考えて作られたというオブジェ<br /><br />東京港トンネル　首都高湾岸線の海底トンネルで大井埠頭へぬける。１９７６年に開通。現在並走して一般道のトンネルを建設する準備が進められている<br /><br />大瀬崎灯台　五島列島にあった灯台で、初代灯台が復元され場外展示物となっている。明治９年、イギリス人Ｒ・プラトンの設計。大瀬崎灯台のあった無線電信所は日露戦争日本海海戦において敵艦見ゆの第一報を受信した場所であった<br /><br />船の科学館　臨海副都心で最初に建てられた建造物。１９７４（昭和４９年）に開館した。船舶の構造・歴史の解説や、エンジンなど各種機器の展示を行っている。建物の外観はクルーズ客船「クイーン・エリザベス2号」をモチーフにしている。<br />海上保安庁の信号所も本館内にあり、業務をガラス越しに見学できる。<br /><br />南極観測船宗谷　日本における初代南極観測船　昭和１３年にソ連からの発注で貨物船として進水。しかし第二次世界大戦の激化によりソ連には引き渡されず商船となる。しかし最新鋭のソナーなどを搭載していたので、日本海軍に買い取られ、北洋、南洋を転々とした。終戦後は樺太からの引揚者を運び、昭和３１年には砕氷能力を買われ初代の南極観測船となり昭和基地を開設した。通算６回の南極観測に従事し、昭和３７年まで活躍。その後、北海道に配備され昭和５３年に退役した。現存する数少ない帝国海軍艦艇。第一次南極観測隊がダッチワイフを持っていったことから南極１号などの名称のダッチワイフができたという<br /><br />青函連絡船　羊蹄丸　昭和４０年に国鉄青函連絡船として就航。二代目の羊蹄丸となる。昭和６３年に青函連絡船廃止のために終航。その後、イタリア、ジェノヴァ国際博覧会の日本館パビリオンとなり、船の科学館に係留される。艦内では機関車や青森埠頭を再現した青函ワールドが見学できる<br /><br />青海客船ターミナル　平成８年に開設された水上バスなどのターミナル。現在は定期便は発着せず臨時便のみ<br /><br />東京湾岸警察署　お台場地区の発展に伴い、東京水上署から機能を引き継ぐ形で新設された。２００８年に庁舎が完成。踊る大捜査線の影響からか、地元住民の要望で東京湾岸署に名称が決定した。女性専用留置所なども整備されているので酒井法子もここに留置された<br /><br />産業技術総合研究所　通商産業省工業技術院および傘下15研究所群を統合再編して発足したもので、２００１年４月より独立行政法人<br /><br />東京税関　東京港湾合同庁舎内にある。昭和２８年に横浜税関から分離。東京都、埼玉県、山梨県、群馬県、新潟県、山形県、千葉県の一部を管轄する<br /><br />大江戸温泉物語　日本初の温泉テーマパークとして江戸開府４００周年の２００３年３月１日に開業した。経営はＳＨＯＰ９９などを運営するキョウデングループ。江戸を模した日帰り温泉として人気がある。現在は全国の経営破たんした温泉宿などを買収し、温泉施設の運営を始めている。ナトリウム、塩化物強塩温泉。２０１３年には東京都に土地を返却しなければならない<br /><br />テレコムセンター　東京テレポートセンター（東京都が出資する第三セクター）　のビルで地上２１階。１９９５年に完成した。オフィスビルとしてテナントが入居。臨海副都心を一望できる展望台がある。東京ＭＸの本社が入っていたが移転。屋上にはパラボラアンテナが多数設置され、衛星中継の地上基地として重要な位置を占めている。東京都が小笠原村へのテレビの衛星中継回線の送信をここから行っている<br /><br />青海フロンティアビル　東京テレポートセンターが運営するオフィスビルで、２０階には東京港の全てが分かる東京みなと館が開設されている<br /><br />暁ふ頭公園　１３号埋立地の突端にある公園。バーベキューや釣りができる。中央防波堤埋め立て地が一望できる<br /><br />中央防波堤埋め立て地　東京都の埋立地最前線。１９７３年に中央防波堤内側の埋立が始まる。１９７７年には外側の埋立も始まります。１９８６年には第二航路トンネルが完成し中央防波堤で働く人のみ車で訪れることができるようになった。１９９８年に新海面埋立地処分場の埋立てが始まる。２００２年に臨港トンネルが開通し城南島と直結。第二航路トンネルも一般開放される。内側はすでに埋立てが終了し、新貨物ターミナル・倉庫や廃棄物焼却場や環境局中防合同庁舎などがあり、将来は貨物ターミナル・倉庫と公園として使用される予定である。2007年（平成19年）国土交通省関東地方整備局により水深-9mの岸壁を整備する為の現地調査が開始された。外側は２０１０年には東京港臨海大橋の開通で若洲とつながる予定。これによって東京臨海道路が全通し湾岸道路の混雑が緩和される。将来的には第二湾岸道路もつくられる。東京都港湾局は海の森構想を唱え大規模な公園やキャンプ場を造ろうとｐ計画している。新海面処分場は東京２３区最後の処分場になる。現在大田区と江東区が帰属を主張している<br /><br />フジテレビ湾岸スタジオ　フジテレビの番組収録船用のスタジオ。２００７年に完成。総工費５８０億円。一般見学ができる部分もある<br /><br />日本科学未来館　独立行政法人科学技術振興機構が設立、科学技術広報財団に委託して運営する科学館である。2001年7月9日に開館。館長は宇宙飛行士の毛利衛。副館長は元BMW代表取締役の中島義和。最新の科学技術を学ぶことができる施設<br /><br />東京国際交流館　海外の留学生や日本の優秀な大学院生や研究者等に、質の高い生活・交流空間を提供する施設。生活を通しての交流だけではなく、様々な国際事業・文化的事業等の展開によって、居住者相互や外部の人々との交流が行われる。留学生、研究者の宿舎、国際交流会議場、メディアホール 自習室、日本語研修室、屋外運動場から成る。 独立行政法人日本学生支援機構(JASSO) が運営する<br /><br />シンボルプロムナード公園　オブジェの並ぶ遊歩道から成る都立公園。テレコムセンターから有明テニスの森までつながっている。１９９６年の開園。<br /><br />自由の炎　１９９８年に開催された、日本におけるフランス年を記念してフランスから送られたオブジェ。台座を合わせると27ｍの高さがある<br /><br />サントリー本社　サントリーの本社は大阪にあるが、登記上の本社として残していて、マーケティングや営業での業績向上を目指して、実質的な本社機能はお台場のワールドヘッドクオーターズで執っている。ウイスキーのテイスティングやブレンドなどに関する事案はいわば機密事案であるため、山崎蒸溜所が近い大阪本社でおこなわれる<br /><br />トレードピアお台場　日商岩井（現双日）の本社ビルとして建てられた。フジテレビ系の会社も多くテナントとして入っている。２００１年２月竣工、２４階建て。社内公募でトレードとユートピアからとった建物名<br /><br />乃村工藝社　ディスプレイデザイン会社の最大手。博物館等の展示空間や、博覧会等のイベント空間、商業空間等を主に手がける。丹青社と並ぶ、日本の博物館展示業界の二大業者のひとつである。<br /><br />パレットタウン　世界都市博が中止された予定地に森ビルや三井物産が１０年間の契約で立てた大型娯楽施設。総事業費は５００億円。１９９６年、世界都市博の中止とバブル経済の後遺症で入居者が決まらず、異常な廉価で東京都が土地を貸し出した。２０１０年には契約が切れるので更地にして返すことになる。２０１０年以後は森ビルとトヨタ自動車が地上23階・地下2階の建物が建設され、オフィスや商業施設、コンベンション・ホテル一体型施設のほか、自動車をテーマとした参加体験型の展示施設や観覧車などが設置され、2013年（平成25年）に開業することが予定されている。パレットタウンの名前の由来はパレットにのせた絵具のようにカラフルで楽しさにあふれた町であることから<br /><br />ヴィーナスフォート　女性のためのテーマパークと銘を打ったテーマパーク型商業施設。１７～１８世紀の美しいヨーロッパの町並みが再現されていて噴水もある。吹き抜け天井の空が青空から夕焼け、夜へと変化する<br /><br />ヒストリーガレージ　往年の名車やクラッシックカー、レーシングカーを展示。アメリカの街並みを再現した部分もあり、車のテーマパークという感じになっています<br /><br />ＭＥＧＡＷＥＢ　トヨタ自動車の展示ショールーム。トヨタの市販車のほとんどに有料試乗できる<br /><br />Ｚｅｐｐ　Ｔｏｋｙｏ　ソニーミュージックエンタテイメントの子会社、ホールネットワークが運営するライブハウス。収容人員２７０９人。ライブハウスとしては最大級<br /><br />大観覧車　日本最大級の観覧車で羽田空港や新宿の高層ビルまで一望できる。イルミネーションは１３０００個のネオンを使用している。直径１００ｍ、高さ115ｍ。１周約１６分<br /><br />東京レジャーランド　ゲーム機メーカーのＳＮＫが運営していたが倒産して、金沢市に本社がある山崎屋が経営を引き継いだ。ゲームセンター、ボーリング、カラオケなどある遊戯施設で年中無休２４時間営業<br /><br />都立水の広場公園　運河を行き来する水上バスや船舶、お台場の風景を楽しめる公園で釣りもできる。対岸は有明地区<br /><br />有明西運河　１３号埋立地お台場と１０号埋立地有明を分ける運河。多くの橋が架かることで知られる。あけみ橋、夢の大橋、青海橋、有明橋、首都高速高架、、新都橋、のぞみ橋と連なる。夢の大橋は最大幅６０ｍで日本一幅が広い歩道橋である。1995年には、土木学会賞のひとつである土木学会田中賞を受賞した<br /><br />ザ　タワーズ台場　２００６年竣工。お台場で唯一の分譲マンション。３３階建てでツインタワー ]]>
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