■プロフィール

クバ

Author:クバ
次回オフは

次回オフは

6月1日(日) 東京に残る水郷。水元に菖蒲の花を見に行こう

東京都と埼玉県の県境に広がる水元公園。ここには東京にはなくなってしまっている水郷風景が残されています。ここには都内最大級の花菖蒲園もあり菖蒲の花が楽しめます。また都の天然記念物「オニバス」や絶滅危惧種「アサザ」の自生地としても有名です。 大岡越前の大岡裁きの逸話で知られる縛られ地蔵なども見てみましょう

9時 JR常磐線金町駅集合(地下鉄千代田線乗り入れ電車しか停車しませんご注意下さい山手線方面から来られる方は西日暮里か北千住で千代田線に乗り換えてください)

金町駅〜金蓮院〜葛西神社〜光増寺〜半田稲荷〜萩原竹製品製作所〜金町松戸関所跡〜葛飾橋〜水元公園〜ゴンパチ池〜オニバス自生地〜水元さくら堤〜瑞正寺〜大下稲荷〜はなしょうぶ園〜睡蓮池〜内溜〜香取神社〜水元大橋〜ポプラ並木〜メタセコイヤの森〜バードサンクチュアリー〜中央広場〜水元かわせみの里〜閘門橋〜法林寺〜水元神社〜遍照院〜熊野神社〜日枝神社〜教育資料館〜延命寺〜長伝寺〜南蔵院〜東江寺〜常光寺〜金町駅

6月15日(日)山部長と行くアキバ電脳タウン&メイドカフェ体験

東京再発見で人気者の山部長!

その山部長がアキバのメイドカフェを引率してくれるというオフです。

秋葉原のサブカルチャーな部分に重点を置いて、秋葉原の多面的な部分を網羅して皆さんに紹介しようという企画です

コース予定

午前

JR秋葉原中央改札口〜有料トイレオアシス@Akiba〜ヨドバシカメラマルチメディア館〜メイド喫茶ぴなふぉあ(ぴな缶)〜神田佐久間町(材木問屋)〜秋葉原公園(元は神田川と当時の秋葉原貨物取扱所を結ぶ堀割)〜書泉ブックタワー〜チョムチョム秋葉原〜レム秋葉原〜AKIBA TOLIM(全長28mを誇るKYOSHOサーキットバー)〜ニュー秋葉原センター(キューティリラックス、コスプレ出会い喫茶、メイド狩り事件の舞台となった『エアー萌えっと』跡地)〜大人のデパート(雅堂さんご推薦)〜万世橋警察署〜秋葉原ラジオ会館(レンタルショーケースアストップ、同人誌の聖地K-BOOKS、等身大北斗の拳ケンシロウと綾波レイが迎えてくれる食玩の海洋堂)〜秋葉原デパート跡地(新ビル建築中)〜秋葉原無料案内所(メイドさんからアキバ地図を貰える)〜秋葉原ラジオセンター(秋葉原ジャンク屋の集合体、ミニ秋葉神社、国鉄私有地のペンキ壁)〜とらのあな本店(アキバ文化発祥の地?、ネコが働く不思議なお店Cafe with Cat )〜ドンキホーテ(コスプレ館、@ホームカフェ、AKB48専用劇場)〜特撮ヒロイン研究所東京本部〜かんだ食堂〜秋葉原UDX(ヤッチャバこと神田青果市場跡地、バスケコート跡地、東京アニメセンター)〜花房神社〜オ○ムPC販売の総本山○ハーポーシャ跡地〜メッセサンオー本店〜アキバギルド〜毬淋(段ボール肉マン)〜アキバ女子寮(パジャマでお出迎え)〜メイド美容室おーぶ〜アキバコタワー(『もっふるたん』のドラゴンアイス、インスタントラーメンさくら、男装カフェQUEENDOLCE、山本耳かき店)〜プリマドール(メイド服レンタル)〜プラーナリフレ〜ガチャポン会館〜キュアメイドカフェ〜キャンディフルーツオプティカル(メイド眼鏡店)〜元祖八代目がんこラーメン〜LittleMSN秋葉原(コスプレ小雀鬼とマージャン対決)〜コスプレ居酒屋 Little BSD〜COS-CHA(昼食、山部長とメイドカフェ体験w)

午後  食後という事でかなりユルめ(?)少し混雑地区からも離れます

秋葉原卸売りセンター〜神田キリスト教会〜芳林公園(ハルヒダンス集合場所、滝沢馬琴住居跡)〜メイリッシュ〜カフェドール東京〜神田明神(『IT情報安全守護』と秋葉原にちなんだお守りも)〜昌平小学校〜Little PSX(メイドダーツ)〜Little TGV(鉄道居酒屋)〜スターケバブアキバテラス〜牛丼サンボ〜シャッツキステ〜九州じゃんがらラーメン〜日加石油ビル(ロイヤルミルク、ティアラ、ユナティコストレーガ、メイドステーションCafe)〜呑み処ウッド雲雀亭(女装メイドのいるカフェ)〜あきば食堂〜ポワソンルージュ金魚茶屋(こだわりのお菓子とお茶)〜KYORAKU東京本社(『ぱちんこ冬のソナタ』で有名)〜めいフット〜ミアカフェ〜チチブ電機(おでん缶&らーめん缶発祥の地)〜PCレヴォ(○ハーポーシャなきあとの○ウムPC販売店跡地)〜ベルサール秋葉原(建築中)〜@ほーむかふぇ本店、本店下店、華〜LAOXザ・コンピューター館跡地(廃ビルが残存)〜スーパーポテト秋葉原レトロ館〜トライサル(○ハーポーシャなきあとのオウ○PC販売跡地2)〜キャンディフルーツストロベリィ(着せ替えカフェ)〜妹カフェNAGOMI、BARジオン、BAR連邦軍〜ぽぽぷれ〜メイキュア〜アキバ一丁目劇場〜伊勢丹発祥の地〜ヤマギワリビナ館〜中央線昌平橋仮駅跡地〜石丸電気アイドル館〜石丸電気本店〜対話のある自動販売機店〜紀伊国屋漢薬局〜地下鉄銀座線萬世橋駅跡地〜好波(すきっぱー)〜ケンタッキー秋葉原店(コスプレカーネルおじさん)〜東京ラジオデパート〜巫女さんパワーストーン聖呼〜JR秋葉原電気街口

散歩だけ 飲み会だけの参加ありです。コミュニティやミクシィ以外の方の参加も可能です。お友達をお誘いして参加しても構いませんよ。お気軽にどうぞ

途中参加、途中退出ありですのでお気軽に参加して下さい。

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー
■友達申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■Powered By FC2ブログ
6月1日(日) 東京に残る水郷。水元に菖蒲の花を見に行こう
東京都と埼玉県の県境に広がる水元公園。ここには東京にはなくなってしまっている水郷風景が残されています。ここには都内最大級の花菖蒲園もあり菖蒲の花が楽しめます。また都の天然記念物「オニバス」や絶滅危惧種「アサザ」の自生地としても有名です。 大岡越前の大岡裁きの逸話で知られる縛られ地蔵なども見てみましょう

9時 JR常磐線金町駅集合(地下鉄千代田線乗り入れ電車しか停車しませんご注意下さい山手線方面から来られる方は西日暮里か北千住で千代田線に乗り換えてください)

金町駅〜金蓮院〜葛西神社〜光増寺〜半田稲荷〜萩原竹製品製作所〜金町松戸関所跡〜葛飾橋〜水元公園〜ゴンパチ池〜オニバス自生地〜水元さくら堤〜瑞正寺〜大下稲荷〜はなしょうぶ園〜睡蓮池〜内溜〜香取神社〜水元大橋〜ポプラ並木〜メタセコイヤの森〜バードサンクチュアリー〜中央広場〜水元かわせみの里〜閘門橋〜法林寺〜水元神社〜遍照院〜熊野神社〜日枝神社〜教育資料館〜延命寺〜長伝寺〜南蔵院〜東江寺〜常光寺〜金町駅


未分類 | 13:43:53 | Trackback(0) | Comments(0)
東村山見学地情報
野島 ボリューム大の焼鳥が格安に食べられる有名店でいつも混雑している
ロートンヌ オーナーは、チョコレートのワールドカップ「ジャンマリーシブナレル」でも名を馳せた人物。ケーキ、焼き菓子で有名で、アド街やチューボーですよで紹介された
サントアン WINKの相田翔子がデビュー前にバイトしていたという。宮崎駿監督も利用するというパン屋さん
秋津神社 創建は不明だが、本尊の不動明王石像に元禄12年(1699年)の銘があることからそのころにはすでにあったと思われる。秋津のお不動様として信仰されていたが明治維新で日本武尊を祭神とする秋津神社となった、本殿は文政4(1821)年に改修されたもので精巧な彫刻が彫られていて東村山市の文化財となっている。境内には力石もある
秋津公園 秋津神社の麓、わずかながらの湧水が池を成しています
淵の森緑地 近所に住む宮崎駿監督が保存を目的に寄付した緑地。映画となりのトトロの原風景の一つと言われます
安松橋 柳瀬川に架かる淵の森緑地にわたる橋
秀月 宮崎駿監督も常連の美味しい焼き団子のお店
吉良呑 志木街道沿いにある東村山の和食の名店
JR東日本八王子総合訓練センター 運転士、車掌などのJR東日本社員をシュミレーターなどを使って訓練する施設
庚申塔 江戸時代の庚申信仰を伝える庚申塔が残されている
氷川神社 万治2(1659)年の創建。南秋津村の鎮守で、須佐之男命を祀る、境内社として愛后、八雲、三峰神社がある
光あまねしの碑 詩人草野心平が昭和38年から秋津に住み、自宅周辺を自然のままにという意味の「五光」と名付けた。自らの筆による「光あまねし」の木柱が立てられたが、墨痕が薄くなったために地域の人が石の記念碑を建てた
秋津橋 柳瀬川に架かる橋
伏見稲荷 秋津三丁目の柳瀬川対岸にある。詳細不明
一石六地蔵 宝暦10(1760)年と明和3(1766)年の銘が入っている。六角石柱に地蔵立像が浮彫にされている。一つの石に六体の地蔵が刻まれているものは東村山市ではここだけで、多摩地方でも珍しい
地蔵堂 本尊の地蔵菩薩像には元禄14(1701)年の銘があるが、什物のほとんどが盗難にあってしまい詳細は不明。墓地に墓を持つ家は所沢市にある持明院の檀家である。当堂に伝わる地蔵十王図はふるさと歴史館に寄贈されている
柳瀬橋 柳瀬川に架かる旧所沢街道の橋
馬頭観音 安永10(1781)年のもので大切な輸送力であった馬を供養し、道行く人の安全を願ったもの。宝永4(1707)年の庚申塔も並んでいる
日本ポリオ研究所 6つのワクチン製造許可を持つメーカーの技術者を集結して、1962年に港区北里研究所内に日本ポリオワクチン研究所が設立され、国産ポリオワクチン(小児麻痺)を作り出した。1971年に東村山市に移転
おしゃぶさま 石棒が御神体で、咳の神様として信仰され病気平癒によだれかけを奉納したという。所沢の芸者さん達からの信仰も厚かった
梅岩寺の庚申塔 延宝5(1677)年に梅岩寺三世高策大和尚が中心となって建立した庚申塔で東村山市では最も古い庚申塔
梅岩寺 応永5(1397)年創建。もとは観音寺といった。武蔵野合戦では足利尊氏が宿陣したといい、後に梅岩寺と改称した。山門を入ると樹齢700年のケヤキと樹齢600年のカヤの木が頭上を覆う。新四国石仏は四国八十八か所めぐりと同じ功徳を得るものとして文政7(1824)年に久米川村の榎本権兵衛らが建立したもの
熊野神社 鎌倉旧道に面している村社。創建は定かではないが新田義貞が後詰を置いたと伝わる。境内社に伊勢神宮、稲荷神社、神明宮、御嶽神社がある
久米川の富士塚 明治21(1888)年に日立講中らによって築かれた。東西、南北ともに24m。高さ6.1m。頂上に富士浅間社の石祠がある
阿弥陀堂 梅岩寺に属すお堂で、江戸時代は四体の像が安置されていたそうだが、今は阿弥陀如来座像のみが安置されている
笹本だんご店 東村山名物焼き団子の店で、最上級の粉を使いこだわりの醤油で仕上げたもの。正月に志村けん宅から100本もの注文があった
玉弘 甘みが強い茨城県小美玉産のフルーツ玉子を、つなぎを使わずに焼き上げます。江戸前の寿司職人が特別に煮た穴子をまるごと一本入れた「あなご入厚焼玉子」などを製造する工場ですが直売も行っています
豊島屋酒造 慶長元(1596)年江戸神田鎌倉河岸で創業。江戸の白酒の草分けとして知られ、白酒を売る姿は安藤広重や江戸名所図会にも描かれました。関東大震災後、酒、味醂、醤油販売の都内最大手の神田にある豊島屋本店と、酒造部門である豊島屋酒造は分離しました。豊島屋酒造は東村山の水を使って金婚正宗を販売しており、神田明神や明治神宮ではお神酒として使われています
久米川辻 旧久米川村の中心で、南北方向の府中街道を中心に引又河岸、所沢、廻田町、青梅、府中、江戸に向かう道が交差していた
ますや 素朴な昔ながらの味わいの武蔵野うどんの店。カレーうどんが東村山市商工会の推奨品になっている
笠間稲荷 久米川町の路傍にある。詳細不明
立川家棟門 当地の名主の家柄で、鎌倉時代に佐渡に配流された日蓮上人が宿泊したといわれる家の門。昔はこのあたりが鎌倉街道の久米川宿と呼ばれた
白山神社 境内から板碑が出土するなど信仰は古い。境内にある牛頭天王像は石造で三多摩では珍しく東村山市の文化財に指定されている
鎌倉古街道 住宅街の中の道は上野、信濃へ向かう中世の鎌倉街道上ツ道そのままである
成田山不動堂 明治9(1876)年に建立された。梅岩寺住職の所有する不動明王像が住職の病気平癒の際に天王森の人たちに寄進されて不動堂が建立された。それ以降天王森の不動様として現在に至るまで不動講が催され信仰されている
東村山古街道の碑 鎌倉街道の跡を示す碑
庚申塚 宝永6年の庚申塚、明和3年の百万遍回向仏、天保6年の馬頭観音などが一か所に集められている
東村山清正公 加藤清正を個人の方が祀っている。堂内にあった御像は近年盗まれてしまった
猿田彦神社 宝暦3(1759)年に村の人が建てた辻の庚申様を明治28年に停車場ができて、住民が増えてきたので、新しい人の結びつきを図るために、地域の鎮守様として猿田彦神社としてお祀りした。昭和45年に現在地に移転し新たに社殿を造営した
餅萬 1876年創業の和菓子屋さんで、ご主人は志村けんの同級生。東村山ブランド「里に八国」に認定されただいじょぶだァ饅頭、中がうぐいす餡のだっふんだァ饅頭もあります。
志村けんの木  1976年、「東村山市の知名度を高めた」功績により東村山市長から感謝状を贈られた。この時感謝状授与記念と志村への激励の証として植えられたケヤキの木が駅東口にあり、「志村けんの木」と呼ばれている。1995年、東村山駅開業百周年記念イベントの司会を担当した。
東村山停車場の碑 明治28(1895)年3月に国分寺と川越を結ぶ川越鉄道が開通し、土地の人々の尽力によって同年8月に東村山停車場が開設された。これを記念して明治30(1897)年に建てられた碑
トロル 3000冊以上の絵本、児童書や世界各国の民族楽器を販売するお店
松林庵観音堂 昔このあたりは茶園が多く、茶ヶ谷戸と呼ばれ、松の大木があったので松の木堂とも呼ばれた。三光院の末寺から享保2(1717)年に正福寺の末寺へ改宗したという。松の木は明治9年に刈られた。狭山六阿弥陀の一つであったが阿弥陀如来は盗難にあい近年再興された。現在は七十余軒の共同墓地
前川 東大和市湖畔からの湧水から始まり東村山市諏訪町で北側に合流する自然河川。小瀬川とも呼ばれた
㐂作 住宅街にある手打ちうどん、蕎麦のお店。遠方からの客も多い
武藤良由碑 幕末、常宝寺(現在はない。武藤家墓地の近くにあったと推定される)の武藤良由は国学に通じていたので郷土において子弟の教育を行った。教えを受けた門人たちが明治13年に栗本鋤雲に撰文を依頼して碑を建てた。東村山市の文化財
小島屋 薪で火を焚く手打ちうどんの店。お団子も食べることができる
木村商店 8種類の穀物をブレンドした栄養の素、八国御膳が里に八国ブランドに選定されている
中井稲荷 詳細不詳
ごろう こだわりの手打ちそば。手打ちうどんも美味しい
日向北遺跡 標高74mの微高地にある遺跡で50か所以上の縄文遺跡が発見された。遺跡は宅地開発が進み発掘成果も不十分ながら調査は終了しようとしている
谷つ田池 フヨウの花咲く谷つ田池が児童公園と一体になっている
正福寺 弘安元年(1278)に臨済宗建長寺派の末寺として、南宋径山寺の石渓心月を勧請開山として、執権北条時宗によって開創されたと伝えられています。また、北条時宗がこの地へ鷹狩りに来ていたとき病に倒れ、時宗は夢枕に地蔵菩薩が現れ「貴公の命日数ならずこの丸薬を服用せば、立ちどころに病魔退散す」とのお告げがあり、全快したことから、飛騨の工匠を招き七堂伽藍を造営させたとも伝えられているそうです。山門は東村山市の文化財。元禄14(1701)年建立。昭和48年の改修で茅葺から茅葺形銅版葺に変えられた
正福寺地蔵堂 東京都唯一の 国宝指定の建造物。地蔵堂は鎌倉時代に中国から伝えられた禅宗様(唐様)建築の代表的な建造物で、日本史の歴史教科書などに必ずといって良い位に出てくる、鎌倉の円覚寺舎利殿と全く同じ様式のものです。作られたのは1407年(応永十四年) 墨書による。室町時代の建造物が現代に伝えられているのです 。正福寺地蔵堂は千体地蔵堂とも呼ばれています。ご本尊の左右には小さない一木造り、丸彫りの立像が沢山並んでいます。小地蔵は高さ10〜30センチメートル位で、祈願する人は、この像を一体借りて家に持ち帰り、願いが成就すれば、もう一体添えて奉納するそうです。
貞和の板碑 貞和5年(1349)年の銘あり。宅部郷の有力な領主が信仰のために作ったものと思われる。昔は前川の橋桁に使われており、碑面が川に写ったことから念仏橋、経文橋と呼ばれた。動かすと疫病が起こるといわれ、昭和初年に改修したところ赤痢が発生したので、昭和2年に正福寺に移され法要が営まれ、後に保存堂が設けられた
八坂神社 正福寺の守護神として牛頭天王を祀ったことが始まりと言われています。弘安元年(1272年)〜応永14年(1407年)の頃に建てられたそうですが、火災により記録が焼失してしまい詳しいことはわかりません。社殿につきましては、府中街道(鎌倉街道)沿いへと遷され、明治に入ると、同じ牛頭天王をお祀りする京都の祇園神社に倣って「八坂神社」と名前が改められたそうです。
清水屋 地元のブルーベリー畑からとれたものを自家工場で加工した八国山ブルーベリーまんじゅう、ブルーベリーゼリーや、千体地蔵最中が里に八国ブランドに選ばれている
大善院 もとは八王子市大月町の円通寺の塔頭であったが、明治32年ころに東村山の壇信徒の希望により現在地に移転した。野口のお不動様と呼ばれて市民に親しまれている。本尊の阿弥陀如来像をはじめ数点の東村山市文化財を保存している。境内には高さ7mの山を築き、唐金製の三十六童子像が安置されています。
経文橋 正福寺に保存されている貞和の板碑が昭和2年まで橋桁に使われていたのでその名がついた
出世弁天 詳細は不明。弁天様の鎮座する弁天池は自然の湧水
弁天橋 前川に架かる朱塗りの美しい橋
おんだし坂 この道は昔の志木街道で、車を押し出しながら坂道を登りきったことからおんだし坂といった
とき 手打ちうどんの店で肉汁が美味く量も多い
化成小学校 明治8年開校で多摩北部では一番古い小学校。校名は中国の古典易経の「観乎天文 以察時変 観乎人文 以化成天下から取った。志村けんの母校で、東村山三十景にも選ばれている
諏訪神社 前川洪水で流れ着いた御神体を桜井利兵衛が祀り長享2(1488)年に西宿(現諏訪町)の鎮守とした。境内には境塚の頂上にあった浅間神社を合祀している。お祭りで使われる山車と西宿囃子が市の文化財に指定されている
東村山ふるさと歴史館 東村山の歴史や民俗を知ることができる。見学無料
こせがわ 冷やし肉ざるが里に八国(東村山名産品)に選ばれている手打ちうどんの店
あずきや 東村山名物焼き団子を販売する和菓子屋さん
公事道 久米川宿の税務や裁判などを扱った公事所があったと伝わる通り
悲田処跡 天長10(833)年に飢えや病気に苦しむ旅行者の一時救護、宿泊施設として作られた。諸説あり、ここには看板や説明書きなどないが、最も悲田処跡としては有力。所沢市側には看板などあるが、遺構が発掘されたことはない
ホームベーカリーマドンナ 太陽光で自家発電、手作りのパンの店で縄文土偶パンが里に八国ブランドに選ばれた
徳蔵寺 創建は鎌倉時代ともいわれるが、寺伝が失われはっきりした創建時期は不明で、室町〜江戸時代には確実に創建されていたと思われる。江戸時代後期には八国山中腹にあった永春庵と元弘の板碑がこの寺に移された。このお寺の住職が考古資料、板碑などを収集して境内に雑然と並べられていたので「ちらかし寺」と呼ばれたが、現在は板碑保存館ができてそこに整理保存されている。本尊は白衣観音
永春庵 狭山三十三観音霊場十三番。以前は八国山中腹にあったが宝暦年間(1751〜1764)に徳蔵寺境内に移った
板碑保存館 徳蔵寺の住職が収集した板碑を保存するために建てた。見学料200円。重要文化財 元弘の板碑 元弘3(1333)年、討幕の兵をあげた新田義貞は鎌倉を攻略するまでに幕府軍と幾多の戦闘を交えた。この碑はその戦闘で飽間斎藤氏三人の討死を伝えている。この碑の銘文により太平記に記された戦いが史実と裏付けできるため貴重な歴史資料として国の重要文化財に指定された。 また板碑保存館にはたくさんの板碑が保存され解説がなされています。東村山市の文化財としては比翼塚(男女二名、おそらく夫婦の生前供養のための二基一対になった板碑で延文4、1359年のものである)や獣脚付蔵骨器(奈良時代末から平安初期のころの須恵質のつぼ型蔵骨器)東村山停車場の碑(明治30年に東村山停車場が設置されたのを記念して建てられた碑で、東村山駅西口にあったが、現在再開発工事中で一時撤去されているので見ることができない)を移したものなども見ることができます
北川 多摩湖を水源とし所沢市境の二瀬橋で柳瀬川に合流する都市河川。後川とも二瀬川ともいう
北川、前川合流点 東村山市内を流れてきた二つの河川が合流する。水の乏しい東村山において古代遺跡はこの河川の周辺に集中する
久米川古戦場跡 狭山丘陵は戦略上の要地で、鎌倉街道も走っていることから久米川付近はたびたび合戦の主戦場となった。鎌倉幕府を倒すべく挙兵した新田義貞は鎌倉街道を下って小手指ヶ原(所沢市)で北条氏に迎撃され引き分ける。その後主戦場は久米川に移り、新田軍が勝利して北条軍は鎌倉目指して敗走した。古戦場跡は宅地開発が進み往時をしのばせるものはないが、新田義貞が指揮を執ったといわれる将軍塚が八国山山上にあります。後に中先代の乱や観応の擾乱による武蔵野合戦でも戦場となりました
将陣馬橋 勝陣馬橋ともいい戦に勝利した新田軍が通った橋とも言われています
新山手病院 旧保正園(結核の療養施設)。八国山に隣接している。となりのトトロではサツキとメイの母、草壁ヤス子が入院している「七国山病院」のモデルとなったといわれる
八国山緑地 八国山緑地は、なだらかに広がる狭山丘陵の東端に位置しています。園内全体がコナラ、クヌギ等の雑木林となっており、さまざまな野鳥や昆虫が見られる貴重な緑となっています。八国山の名は、標高89.4mの山頂から、上野、下野、常陸、安房、相模、駿河、信濃、甲斐の八カ国の山々が眺望できたことから、付けられたと言われています。このあたりは、鎌倉時代の古戦場で、山頂には、源氏の武将・新田義貞の武蔵野征討を偲ぶ将軍塚が建立されています。宮崎駿監督はとなりのトトロを描く時に、その舞台を狭山丘陵の森に求めました。この八国山緑地もトトロの森のイメージで、狭山丘陵の森々はトトロの森として保全活動が行われています
野口製麺所 手打ちの讃岐うどんが食べられる。摘み立ての卵や、おでん、てんぷら(各種50円)も食べられる
北山公園 狭山丘陵を背景とした自然公園で新東京百景にも選ばれています。多くの野草が自生し、池には野鳥が訪れます。菖蒲の名所で、湧水があり豊かな水と緑に囲まれ、初夏には170種類7千株10万本の花菖蒲が咲き乱れます。
旧民家園 秋津町の武藤芳男家から移築。入母屋づくりで四ツ間型という江戸後期(推定)の典型的な武蔵野の農家。平成11年に放火により焼失。門だけがかろうじて残っています。現在、跡地には縄文体験館を建築中です
下宅部遺跡 はっけんのもり 北川に近い低地にある都営住宅立替工事の際に発見された下宅部遺跡は発掘調査が開始されると約4000年〜2400年前の縄文時代の遺物が多く出土。当時の池や水路も復元されている
西武園駅 西武園遊園地、競輪場の最寄り駅周辺は宅地開発されている
瓦塔出土地 昭和9年、奈良時代末の五重塔の破片が出土した。帝室博物館(現国立博物館)で五重塔が再現された。静岡県三ケ日出土の瓦塔とともに我が国の瓦塔の代表例とされる。出土地は現在住宅地となっている
観音堂 多摩湖建設で水没した墓地を西武園近くの高台に移設したもの。観音堂とともに祀られている
岩崎屋豆富店 開発に20年を費やした里に八国生ゆばを売っているf
氷川神社 山口領氷川神社の分祀。祭神は須佐之男命。社務所の裏手の道は山口(所沢市)から九道の辻に通じた鎌倉古道の一つ、山口道が残る。この辺りの地名は宅部で三宅氏が住んでいたので宅部という地名になったという

未分類 | 08:40:42 | Trackback(0) | Comments(0)
5月18日(日)国宝建築とうどんと焼き団子&トトロの森in東村山
5月18日(日)国宝建築とうどんと焼き団子&トトロの森in東村山

都電貸切企画が予約の都合で6月になってしまったので、5月企画を仕切り直します。まだ未定なのですが 

東村山といえば「いっちょめいっちょめワ〜オ、ひ・が・し・むらやまいっちょめワ〜オ」BY志村けんで有名ですが・・・えっ、古い?失礼しました 

東村山にはたくさんの名所、名物があります。東京は震災、戦災と二度にわたって壊滅的な被害を受け、多くの重要な建築物を失いました。東京都には国宝に指定された美術品、芸術品はたくさんありますが、国宝に指定された建築物は東村山にある正福寺地蔵堂だけです。この建物を見学したいと思います 

東京といえば蕎麦を連想する方も多いでしょうが、多摩北部から北関東にかけてはうどんが名産なのです。武蔵野うどんと焼き団子を食べてみましょう。となりのトトロの舞台ともなった緑地も歩きたいですね 


9時 西武池袋線秋津駅(JR武蔵野線新秋津駅でも可) 



未分類 | 04:34:10 | Trackback(0) | Comments(0)
下町!和のスイーツ
粋な花街である向島を2時間程度の軽い散歩

どこかで下町の和のスイーツをみんなで食べる

言問団子
長命寺桜餅
志”満ん草餅
吉備子屋きびだんご

などなど

13時 東武伊勢崎線 東向島駅集合

集合は13時に東向島駅です。

2時間半ぐらいのゆるめの散歩コース

東向島駅〜東武博物館〜福岡助産院〜向島百花園〜白鬚神社〜レストランカタヤマ〜セイコー時計資料館〜吉備子屋〜志満ん草餅〜ヒノデワシ株式会社〜鳩の街通り商店街〜喫茶こぐま〜羽子板資料館〜隅田公園少年野球場〜言問団子〜長命寺桜もち〜長命寺〜弘福寺〜桜橋〜見番所〜青柳正家〜まねき屋〜すみだ郷土資料館〜唐変木庵〜三囲神社〜牛嶋神社〜隅田公園

15:30より吾妻橋会館にてみんなで甘味を食べます

打ち上げは17:30より

「酒処 呑兵衛」を予約しました。
料金は呑み放題込みで一人4000円です

参加費は一人100円以上となっております。運営への寄付ということでサービスの対価ではないことをご了承下さいませ。

甘味購入代金は実費徴収します。
スイーツの値段ですが

言問団子は三種類食べますと550円
長命寺桜餅は1個200円
志”満ん草餅は1個135円
吉備子屋きびだんごは1本50円となっています

会場代、お茶代なども併せて徴収致します。

散歩、甘味、打ち上げのフル参加もOKなのですが、いつもながらに部分参加も可能です。 

歩きたいから散歩だけ参加したいというのもOK 

甘いものが好きだから甘味だけ参加もOK 

甘いものは苦手だから散歩と打ち上げだけ参加もOK

みんなで飲みたいという人は飲み会だけ参加もOKです


散歩の幹事はryotaくん、甘味の幹事は世田谷たつやさんなっています

未分類 | 05:35:00 | Trackback(0) | Comments(0)